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CitruSTUDIO 2

シトラスタジオ2

メッセージ

風通しのいい環境じゃないと何もかもうまくいかないのかなと思うね。
そう思い続けてなんとかやり過ごしてきた、そんな春クールであった。

人間関係に恵まれている、幸せだなって思える時、
こんなに幸せでいいのかな、たまには辛い思いしないといけないのかなと
思ったりすることってあるけど、

・・・別に辛い思いをしなくても、もういい、って本気で思ったりしていたり。
いばらの道を進むというのは、自らを磨くということであり、
他者にイジメられるということではない。


目的が何かというのは、成果を出すことであり
効率よく、なるべく早く、そして期待値がちゃんと出ているかということであり。
厳しさに晒されて、ようやく成果を出しても、遅すぎては依頼者に迷惑をかけてしまう。
仲の悪いAチームと仲の良いBチームが全く同じことをして
Bチームが勝ったら、次もBチームに頼みたいとしか思わないと思う。
Aチームの教育なんて、そもそも学校でやらなければならないことかと。

そんなBチームのように素晴らしいチームを作るには
コミュニケーションが何より大事なわけで。
ただ、友達のようになんでもそれでいいじゃん、で済ませるのではなく
「本当に伝えたいことは何か」を念頭に置いて、必要なことをちゃんと伝えないと
意味がないと思われる。
自らそれを感じ取れているのか。
ただ単に人を追い詰めて、追い詰められた人はダメになるし、伝わってないし、
自分は「教えてやった」という満足感だけ得てナルシストになっている人が
多いと思う。

同じ目線に立つということって、そんなに難しいことなのだろうか。
たった一歩、引くだけなのだと思うんだけども。
そして一歩引いたと同時に、主観と客観が相まって、アドバイスもしやすくなると思うのに。
上からでは、主観的にしかならないのではないかい。
まぁ、上から、と思うのはアドバイスを受けている側が思うだけの場合も多かろうが。
伝える姿勢って大事なことだと思うのにな。


子どもの時は大人はなんでもできる人、としか思っていなかったのだが
誰でも子ども出身なのは当然であり、
子どもの頃の名残をまるっと背負って大人の世界へやってきてしまう子も多い。
大人になると、いじめという言葉はハラスメントという言葉に変化する。

ただ、子どもと違うのは
それなりに成長し、コミュニケーションが子どもの頃よりかは
均等に取れる機会は増えている、と思う。
その上で、本当に伝えたいことは何か、ということを踏まえて
伝えなければならないと思う。
ハラスメントは後退材料でしかなく、メッセージを渡すには、必要ない。


伝えたいことだけ、はっきり伝えるべきなのかと思う。