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CitruSTUDIO 2

シトラスタジオ2

情報収集の容易と分析能力

現在システムエンジニアの職業に就いているが、そんな私は実は高校の頃までは「アンチ・インターネット」の人間であった。

 

PCは大学1年生の頃に、親に頼み込んで実家で買ってもらってプロバイダとも契約してもらった。

それまでは、ワープロ(印刷は「感熱紙」で行う ←FAX用紙と同じで、時間が経つと文字が消える)は高校の授業で使用することが時々あったので母親が昔、ワープロのカルチャーセンターか何かに通っていた時に使用していたものを使っていた。

 

高校の頃はPHSや携帯電話は使用していなかったし、Windows98など聞いたことはあったのだが、「インターネット」の「概念」がわかっていなかった。学校にはネット端末が職員室の端にあり、調べ物をする時に生徒も使用が許可されていたのだが、私は使い方がわからないし、図書館や新聞で調べた方が確実な情報が得られると思い、避けて通っていた。(ちなみにその職員室の端末を初めて使用したのは、教育実習で母校に戻ってきた時であった)

ただ、当時の同級生に「うちの町には図書館もないし、何もない田舎だから、ネットつないで調べるしかないんだ~」と言われたことがあり、むしろ、そういう不便な方々のためにネットがあるのかなと思っており、まだ図書館が駅前にある藤沢市は助かってる方なのかも、と考えて、使っていなかった。

 

「意地でもインターネットなんて使わないんだ!あんなもん、手元でザラ見して終わってるっぽいし、実体がよくわからなそうだし」

なぜか知らないけど17歳の私はこう思っていた。

2年生の時の年間自由研究の授業、英米カルチャーの授業、英字新聞解読の授業あたりで調べ物をしていたが関連記事をなんとか見つけて切り貼りしてお手製レジュメを作成し、それを印刷して授業で披露するのが爽快に思える(自分だけだが)ことがよくあった。

ネットで調べた同級生は、ネットの記事をそのまま印刷し、コピーして配布しており、大体そういうプリントはプリントの最下部に「http://www.xxxxxxx.com(.co.jp/.ne.jp/.or.jp...etc)/xxxx/xxxx.html」という文字が印刷されていて、あ、これはおそらくネットなんだな、と思っていた。

 

あれから14年。

すっかりネットしか使っていなかったり・・・

手元でザラ見ONLYであり。実体がよくわからないかどうかとか、考えすらしなくもなり。

 

携帯電話は大学1年生の頃から使用し始めたが、付属のWebサービス(i-mode/EZwebの類)にて直のURLを打ち込んでも「このURLはPCのみです」と表示され、PCのページも全部携帯(ガラケー)で見れればいいのになと思っていた。

すると、現代ではスマートフォンが誕生し、それが実現するという・・・そして今や検索文化が急速に発展し、ちょっとでも気になることがあると、図書館に向かうことも、新聞で調べたりすることもなく、自然と手がスマートフォンの検索テキストボックスに文字を打ち込み、「検索」ボタンを押下しているのであり。

出歩くこともなく、情報を収集できる時代になった。

友達とも「最近、考えずについ検索かけちゃうと、なんか「これってどうなんだろうねぇ」って思っていた昔の時代がなくなっちゃうんだね、脳がどんどん退化するね・・・」と苦笑することも。

 

 

ただ、情報の発生源がはっきりとはネットでは特定できない。IPアドレスを分析すれば特定できるかもしれないが、分析できるのは一部の人間だけだし(私はやり方はわかりません)、その情報が本当のものかであるかもわからない。断片的に転がっている情報がネットには溢れている。

だからといって、必ずしも新聞や図書の情報が「断片的ではない」とも言い難い。筆者があらゆる断片的に転がっているものを調査した上で一つの結論をまとめたもの、とすれば、その情報も断片出身になる。

 

 

情報の収集は容易にできるようになった時代にはなったのだが、その情報をどう利用しようか、これでいいのかと考えることは、過去と現代でもそこまでは変化してはいない。その情報を素直に受け入れる、疑ってかかり新たなる結論を一つ見出す----これは人にかかっている。

どんなに素晴らしい学歴を兼ね備えている人でも、コミュニケーションができなければコミュニティから孤立していく可能性はあるし、家庭に恵まれなかったからこそ自分は良い家庭を築いていきたいと熱心に思い、幸せな家庭を築いて膨大な収穫を得る人もいるし、文字面の情報だけでは特定できない。情報はあくまで単なるInformationでありAnswerではない。

ソーシャルネットワーキングだけでコミュニケーションを終わらせてはいけない。

 

 

ネット情報一部の「実体がよくわからなそうだし」と31歳の自分も考えている。

収集は簡単にはできるようになっても、分析能力の容易化、自動化はたとえ開発可能だったとしても禁止しなければならない。考えるのは自分でしなければならない。わからなければ人に直接聞かなければならない。