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CitruSTUDIO 2

シトラスタジオ2

心のバリアフリー

今年、何かと、
「しょうがいを持つ人間」についての話題
などを、よく耳にする気がします。


1.養護施設での殺傷事件
2.毎年やっているある番組に対してケンカを売ったNHKの番組の件
3.リオデジャネイロ パラリンピック
4.とある方の不倫報道(最近、離婚されましたけれども…)


「しょうがいなんて全く関係なく、すべての人間が共存できる世界」
という定義が完全であるなら、上記の1~3の事柄は
存在しないような気がしていて、
むしろ、4件目のことが「ごくごく普通」に取り上げられたのは
意外でした(内容はゲスですが、取り上げられ方は良かったのかも)。

 

私は「しょうがい者」という方のことを認知したのが
おそらく4歳頃で、というのも
住んでいた団地の隣の棟で、親同士が仲良くしていた近所の子で
私より1つ年上にあたる女の子が、知的しょうがいを持っていて
体の成長も遅い、というかずっと小さいままだったのかな。
それが初めてでした。

他には、小学校の同級生にも何人かしょうがいを持っていて
同じく知的しょうがい、自閉症、などでした。
知的しょうがいの男の子は、給食の時間に、食べてはまれに戻し大騒ぎになっていたけど
キャラは面白い子で、エロ行動がひどいとか。
自閉症の男の子は、カンのペンケースをゲームボーイと見立て
ずっとエアゲームをやっていて、口でBGMや効果音をすべて自作自演で行っていたが
家では毎朝新聞をすべて読み、社説など暗記できるくらいの天才で
中学にあがると、国語の成績は事実、学年トップだが
他はすべて学年最下位だったらしい…という。

あと、うちの小学校、中学校のすぐ近くに養護学校があって(すべて同市立なのですが)
小学校の時は、昼休みに
養護学校の体育館で遊んでいい日があったりして。交流していました。
正直言って養護学校の体育館の方が、遊び道具が面白いものがたくさんあって
毎回行くのがとても楽しみだった記憶が。


中学校の頃まではそんな感じだったが
高校に入ってから交流などはなく、
電車で時々急にどこかから大きな叫び声なんかがあがってドキッとすると
しょうがい者の方が乗ってらっしゃったりしていたりと。


すると、高校になってから
団地内で引っ越して、しばらくすると
隣の棟に、知的しょうがいを持った男性の方がいらっしゃるご家族が
引っ越してきまして。
現在も住んでらっしゃって、実家に帰るとお見かけします。


大学の頃は、普通の日はほぼ見ませんでしたが、
教職課程で行った、養護施設実習の2日間の時に
小学校1年生の可愛らしい、知的しょうがいを持った子たちのクラスの
担当をしました。
ほぼ遊んでいる感じだったので、
上記の小学校時代の昼休みみたいなもんだと思っていた。


社会人になってから
ほぼ東京暮らしが始まると、全然見なくなったなーーという気がしました。
ごくたまに、身長が極端に小さい方々を見かけるけど。
実家に帰れば上記の方を見かけるくらいで。


なので、自分としては、小さい頃から時々、大声を出されるとハッとはするけど
いらっしゃるな、と思うくらいだし、
総括的な意味だと、しょうがい者の方ってのは
身近にいる普通の方、としか思えない感じですね。
人によってはすごい才能をお持ちだけど。

 

7月に、そんな方々の一部が過ごされている、とある養護施設で
殺傷事件がありました。
つまり、上記で言及した、私が大学時代実習を行ったような施設と
同じようなところなのかな、と。


話聞いてると、犠牲になられた方々の方が
よほど意識・志、高かったんでしょうね。

養護施設で働く方々は、しょうがいを持った方々が
どんな意識でいらっしゃるかを理解するレベルはプロ、スペシャリストだと思うし
一般人の我々にはわかりにくい事項もほぼほぼ飲めるのだと思います。
犯人も、最初はそんな能力は備わっていたのかもしれませんが。
どこか職業アンマッチがあり、見下すような思い込みから
魔の手に侵されたのかもしれません。

この事件によって、ご遺族、養護施設で勤務する方は
私の意見なんかではカバーできないくらい
拭いも拭いきれない深すぎる傷ができたと思います。
本当に、お気持ち、察します…
でも、本当に、その方々は「しょうがい者」をあらゆる視点で理解している
貴重なご意見をお持ちの方々です。
ゆっくり、ゆっくりでいいから、
バリアフリー社会を先導し続けていっていただきたいです。


なお、8月には
毎年やっているあの長時間番組に対して、NHKのとある番組が
ケンカを売るような企画をし、
そこで「しょうがい者の多くが、ああいう感動ポルノのような番組が嫌い」
と訴えたという。


「自分なんてこの世で一番不幸だし、報われない」と
自分の辛さしか見えなくなった時(自分のことしか考えられない時)に
あのような長時間番組を見ると
ハッとは思う機会にもなるかもしれませんがね。
若い子に至っては、好きな人気芸能人が呼びかけを行っているし
色々と知ってもらえるいい機会でもあるとは思うし。

ただ、結局は「しょうがいは『辛い』」けど
「人気芸能人の目」を通じて「『辛い』けど、みんながんばってるんだよ」
ということしか訴えてないんじゃないの?とは思われがちかも。
『辛い』かどうかは、本人が決めることであって。
この番組で、辛いレッテルを貼っているようにも見えちゃうし。
かき集めた募金も「○○に使用します…」
とか言うけど、本当かどうかはわからないし。
あれだけ長い時間の番組なのに出演者は本当にボランティアでやってるのかは疑わしいし。

 

そういうことだと、パラリンピックは理にかなっているのかなと。
いくら「人間平等」という定義はあれど
身体しょうがいを持っている人間といない人間が
同じハードルを越えられるとは、体調的に思えないので。
そこは、オリンピックとパラリンピックに分ける、ということにしたのでしょうね。

リオのパラリンピック、少し見ましたけど
すごかったですね。
しょうがいのない人より大変なのではないかと。
この人たちは
 ・義足や補助器具などが体にフィットする感覚をまず覚える
 ・その感覚の上での競技の仕方をマスターする
 ・体調管理
 ・練習
を、すべてやっているんだから。
その上で見ると、競技中の動きがダイナミックで驚きました。
走り幅跳びの選手だったかな。凄まじかったです。

 


事件が起きたり、意見を突き付けられたリして
一体、本当の答えって何なのだろうと思いますが、
何も考えずに、人間同士接していくことが
とりあえず一番だと思います。
ひとまず、個々の人生、個々で決めるべき。
人のこととやかく言う前に、
まずは一人一人、自分と向き合うべき。